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■ 与那原大綱曳 ■
 与那原の綱曳の起源は、尚永王(1573〜1588)までさかのぼるといわれている。その由来は全沖縄に琉布する。綱曳由来と同じで、次のようにつたえらてれいる。

綱曳由来
 ある年、稲が不作のうえに害虫が発生し人々は餓死寸前であった。途方にくれた村頭はアムト(堤)の下に捨てた老人に相談したところ、村民総出で鐘、太鼓を打ち鳴らし、大声をだしながら綱を曳くようにと教えてくれた。この事をきいた王は、毎年綱を曳いて豊年祈願することを奨励し、老人を捨てる事を禁じたといわれている。
■ 開催日 ■
 与那原町の綱曳は本来、旧暦6月26日に曳かれていたが、戦後に26日以降の日曜日に改められ、各区長を中心に実行委員会を組織し運営している。

■ 日延べの御願 ■
 与那原大綱曳は、本来旧暦6月26日に行われ、町内の拝所に来年の豊年や住民の健康を祈願してから曳かれた。しかし、農家の減少や生活環境の変化、観光宣言要素が強くなったことなどから、26日以降の日曜日に改められた。そこで、26日当日は豊年、健康祈願とともに綱曳の延期を報告する「日延べの御願」が実行委員会によって行われる。
◆ 御願経路 ◆
[東名大主]

[宗之増]

[阿知利世主]

[御殿山]

[親川]

■ 綱 ■
 わらは戦前、知念村や玉城村、戦後は山原(沖縄北部)から調達していたが、現在は金武町屋嘉より買い付けている
1束 = 35Kg これで約23mの綱ができる
(1束の太さがおよそ一升瓶ほどの太さ)
1束35Kg * 158束
8分小縄  60巻  
3分小縄  15巻
 与那原の綱は、雄、雌とも各区(12区)で割り当てにて綯われた網(16本)をヤーマにかけ、2本の網を合わせ、1本に編まれた綱 東、西それぞれ4本を中央から折り返し、8本を本体として束ねて作られ、重さが両綱併せて5トン、長さが50間(90m)となる。そのような大綱は、県内でも少なく那覇綱、糸満綱ともに三大綱として知られている。
 また、各市町村でおこなわれている綱と異なるのは、綱の途中に枝綱があることや、カナチの巻き方に特徴がある。
◆ 各区(12区)に割り当てられ、準備される綱 ◆
100m:2本 100m:2本
90m:2本 90m:2本
80m:2本 80m:2本
70m:2本 70m:2本
枝綱(35m):4本 枝綱(35m):4本
カナチ縄(170m):1本 カナチ縄(115m):1本

■ カナチ棒 ■
 現在2本のカナチ棒が用意されている。
  • 樫の木のカナチ棒
    長さ 3m20cm 胴回り 60cm
    重さ 約100Kg
  • ユシの木のカナチ棒
    長さ 3m10cm 胴回り 60cm

 ひび割れ防止の為、普段は水の中に保管されている。
◆ 6尺棒 ◆
カナチを持ち上げる棒
東(アガリ) 約25本
西(イリ) 約30本
雌綱のカナチは雄綱のカナチより大きいので、西が多い。
◆ かつぎ棒 ◆
東(アガリ) 約40本
西(イリ) 約50本
 かつぎ棒の材質は、以前は山原丸太を使用していたが、現在は軽くて使いやすい杉丸太を使用している。

■ 金鼓隊 ■
 綱曳きには、金鼓と銅鑼、ボラ(法螺貝)が重要な役目となる。金鼓隊は東西に鉦鼓及び小太鼓各50名以上で構成され、中学生が担当している。銅鑼、ボラは青年男子が担当している。
 金鼓隊の衣装は青少年の武士「白虎隊」より取り入れたとのこと。

■ メーモーイ(前舞) ■
 大綱曳の始まる前に東西の女性たちが、各々の綱と向かい合って先導しながら練り歩くとくや、綱曳前後の興奮の中で女性たちによって歌い踊られる。
 歌はゆっくりとしたものと早い調子の2種あり、歌詞の順序は最初の3節がほぼ決まっているだけで後は特にきまっていない。

■ 旗頭 ■
 旗頭は毎年作り変えられ、旗頭の本体であるチジンドゥールーは女子中学生が製作にあたる。旗頭の棒(青竹)製作と総仕上げは旗頭持ちの青年たちが行う。
 旗頭持ちは東西各14名(18才〜45才の男子)で構成している。二番旗は旗頭持ちの後継者育成のため十数年前に作られ、一番旗より一回り小さい。
 西(雌綱)のチジンドゥールーは梅にウグイス
旗字:大旗頭「民栄」・小旗頭「実践」
全長 大旗頭6m82cm
小旗頭6m70cm
重さ 大旗頭40Kg
小旗頭30Kg
 東(雄綱)チジンドゥールーは菊に蝶
旗字:大旗頭「國豊」・小旗頭「躍進」
全長 大旗頭7m
小旗頭6m80cm
重さ 大旗頭40Kg
小旗頭33Kg
※ガーエー
 士気を高陽し、綱曳きの威勢をつけるために行う揉み合いをいう。

■ シタク(支度) ■
 綱曳きの際、特別の扮装をした青少年を綱の上に乗せ雄雌対峙させるが、この青年を「シタク(支度)」という。
 与那原の支度は、スネーイの際綱曳場まで綱の上に乗り雄雌の綱が結ばれた瞬間に飛び降りる。配役は組踊りや現代劇の中から選ばれるが、当日まで秘密にされている。支度の出し物については、毎年変わるが歴史的な題材にした芸能(組踊り・郷土演劇等)仇討ちの内容が多い

■ スネーイ ■
 雄雌の綱を合わせる前にスネーイ(示威行進)を行う。
 えびす通りを通り331号農協前でガーエーを行った後、旗頭、金鼓隊、メーモーイ、綱の順序で綱曳き場のある御殿山青少年広場へ向かう。

※現在は御殿山青少年広場で曳かれているが、戦前は浜で曳かれていた。

■ 綱曳き歌 ■
◆ 方言 ◆ ◆ 訳 ◆
1.あがりたちぐむや ゆがふしむくゆる 東の立雲は 世果報を準備する
 だちょてぃしぬくゆる わたまくがに 抱いて準備する わたしの玉黄金(彼女)よ
2.あがりあかがりば しみなれがいちゅさ 東が明るくなると 墨を習いに行くよ
 かしらゆてたぼり わうやがなし 髪を結って下さい 私のお母さん
3.首里てんじゃなし 百百といちぃまでん 首里の国王様 百年もいつまでもお元気で
 うまんちゅぬまじり うがりしりら 私たち人民はこぞってお祈り致します
4.与那原ぬ親川に あまくらがゐちょさ 与那原の親川に 天下りがいるよ
 あまくらやあらん うみないうしじ 天下りではない 姉妹の霊力である
5.うみきやゆかて ちなぬいにぬぶて 私のお兄さんはいいなあ 綱の上に登って
 わみぬうみないや ぬからもゆさ わたし姉妹は 前で踊るよ
6.与那原ぬ親川に くがにどうるさがて 与那原の親川に 黄金の灯篭を下げて
 うりがあかがりば みるくゆがふ それが明るくなると弥靭世果報である
7.ちじん声ぬなりば やにやうらりらん 鼓の音が鳴ると 家に居られない
 たんり親がなし やらちたぼり どうか我がご両親よ 行かせて下さい
8.あたいふうぬなかぐ ましらひちさらち 当たり苧の中子を 真白に引き晒して
 やまとめるさとに ろんすばかま 大和にいいらっしゃる彼氏の 緞袴にしよう
9.うすくがじまるや いしだちるむてる ウスクやガジュマルは 石を抱いていて栄える

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