H31.広報よなばる4月号
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新時代の夜明け迎える 4月1日、与那原町は町制施行70周年を迎えます。今年度は記念式典をはじめ70年の節目とした事業を行います。町が歩んできた道のりを振り返るともに、町の未来を考える年にしませんか。■ 大里村から分離独立 70年前の4月1日、大戦ですべてを失ってわずか4年後、米軍施政下で与那原町が誕生しました。街ではブラックマーケットが起こり、畑では食糧難を補うため芋や野菜を自ら植える町民生活の中、役場は三役以下10人ほどの職員がわずかな税収と財政交付金で運営したといいます。 町制発足当時の人口は5,992人。王府時代から所属していた大里村から、与那原・与原・大見武・上与那原・当添・板良敷が新しい自治体「与那原町」を形成しました。当時の大里村の約4割の人口が独立したことになります。 狭い町土では当初から人口が急激に増え続け、土地境界の明確化問題、市町村合併構想、財政健全化、日本復帰、交通問題、マリンタウンプロジェクト、昨今の大型MICE建設計画など激しい政治経済の移り変わりを経て、8,191世帯・19,838人の住む現在の与那原町があります。 町制70周年を迎える今年、与那原町は将来あるべきまちの姿を定めた「第5次与那原町総合計画」で基本目標や重要施策などが策定されます。町行政は今後、この総合計画に沿って運営し、さまざまな課題の解決と改善を図ることになります。市町村制施行。大里間切から大里村となり、与那原は大里村の一字に那覇・与那原間に軽便鉄道開通大里村より分離問題起こる与那原国民学校発足沖縄戦により全土焼失与那原中等学校設置大里村より分離独立与那原町制施行。人口約5,992人初代町長に上原敏範町議員24人決まる旧与那原駅跡に町役所庁舎落成消防庁舎が青少年広場に移転本土復帰町章制定町役場庁舎上の森に落成、移転与那原東小学校落成、移転町歌制定非核都市宣言議決与那原町社会福祉センター落成第1回与那原まつり開催戦後境界不明土地の確定作業完了町民憲章・町花町木制定町立綱曳資料館落成マリンタウンプロジェクト着工東浜分譲開始、新築入居始まる合併協議会解散、単独町政続行町長に古堅國雄就任東浜地区に上下水道庁舎落成東浜自治会発足1908年1914年1928年1941年1945年1948年1949年1957年1967年1972年1973年1975年1979年1981年1982年1983年1984年1985年1991年1996年2003年2004年2006年2008年明治41大正 3昭和 3昭和16昭和20昭和23昭和24昭和32昭和42昭和47昭和48昭和50昭和54昭和56昭和57昭和58昭和59昭和60平成 3平成 8平成15平成16平成18平成20与那原近現代史概略与那原大綱曳でのひとコマ(年代不明)。奥の建物は消防署2006(平成18)年のえびす通り入口ありし日の与那原交差点。手前はサイラー川。奥にクララ教会が見える。1960年ごろ与那原町制施行70周年広報2019.48

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